東京高等裁判所 昭和44年(ラ)7号 決定 1969年3月24日
抗告人
新津通商株式会社
代理人
佐山厚三
相手方
一興海運株式会社
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨ならびに理由は別紙(一)および(二)記載のとおりである。
東京地方裁判所昭和四三年(ヨ)第一一、四二九号船舶仮差押申請事件、横浜地方裁判所川崎支部昭和四三年(ヲ)第五〇六号船舶碇泊ならびに監守保存命令申請事件、同支部昭和四三年(ケ)第七八号、第八二号各船舶先取特権に基づく外国船舶競売事件、同支部昭和四三年(ヲ)第五二四号船舶監守保存命令申請事件ならびに本件各記録によれば、
相手方は、昭和四三年一一月二八日東京地方裁判所において本件船舶(大永号)の仮差押命令(同裁判所昭和四三年(ヨ)第一一、四二九号)をえ、その執行のため同年一一月二九日横浜地方裁判所川崎支部において右船舶の碇泊命令ならびに監守保存命令(同支部昭和四三年(ヲ)第五〇六号)をえ、これが執行を了した。そして、相手方は、さらに同支部に対し、右船舶につき生じた同船の航海継続のため支出した費用金一一、〇二八、〇四二円の債権について先取特権を有することを理由に本件船舶の競売を申し立て、昭和四三年一二月六日同支部において右船舶につき競売手続を開始し、船長は右船舶を神奈川県川崎港に碇泊せしむべき旨の船舶競売開始決定(同支部昭和四三年(ケ)第七八号)がなされた。そして、相手方は右競売開始決定の碇泊命令に基づき同支部において昭和四三年一二月一三日本件船舶を執行官に保管監守させる旨の命令(同支部昭和四三年(ヲ)第五二四号)をえ、同月一六日これが執行を了した。さらに相手方は同年一二月一三日同支部に右船舶の航海継続費用として支出した費用金二七、四四〇、七八二円の債権につき先取特権を有するとしてこれに基づき右船舶の競売を申し立て、同支部において前記競売事件に記録添附手続がとられ(同支部昭和四三年(ケ)第八二号)、また右同日前記昭和四三年一一月二九日になされた本件船舶の碇泊命令ならびに監守保存命令の執行処分が相手方の申立により取り消されたことが認められる。
ところで、原仮処分決定は抗告人の申請により金八〇〇万円の保証を立てることを条件に右競売手続を停止するとともに、抗告人のその余の申請、すなわち本件船舶の運行を許す旨の申請を却下したのであるが、これに対し抗告人は原決定が右申請を却下したのを不服とし本件抗告に及んだものである。そして抗告人は相手方主張の債権のうち本件船舶に対する先取特権により担保される債権の範囲を争つているわけであるが、そのうち金二四、一七三、〇六二円の債権については相手方が本件船舶につき先取特権を有することを自認しているのであるから、右競売手続の開始をもつて違法といいえないことは明らかである。
抗告人は、その自認する右金額に相当する額の保証を立てしめることにより運行を許す仮処分がなさるべきであると主張する。しかし、競売法第三九条により準用される民事訴訟法第七一九条によれば、差押船舶の運行は総ての利害関係人の申立によつてのみ許されるのであつて、その趣旨は、船舶に一たび航行を許すとその後の執行は極めて困難となり、執行手続の取消にも等しい結果となることを慮つてのことと解される。もとより本件は仮処分手続であつて、右規定がそのまま適用されるわけではないが、同条所定の要件を備えない場合に仮処分という手続を藉りてこれと同じ結果を得ようとするものといわざるをえないから、本件申請に基づいても軽々に差押船舶の運行を許すべきではなく、かりにこれを許容するとしても、前記規定の立法趣旨に照すと、少くとも差押の取消事由にも匹敵する特段の事情がある場合にのみ認められるべきである。そして抗告人の主張するような保証を立てしめることは右の特段の事情に該当するとは解し難く、他にかような事情のあることは、冒頭掲記の各記録によるも、これを認めるに足る資料は存しないから、抗告人の本件船舶の運行を許す旨の仮処分申請は理由がない。
よつて、これと結論を同じくする原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(青木義人 高津環 弓削孟)
(別紙一)抗告の趣旨
別紙目録記載の船舶(以下本件船舶と称する)につき、被申請人が申立てた横浜地方裁判所川崎支部昭和四三年(ケ)第七八号及び同(ケ)第八二号船舶競売事件の競売手続は、申請人の被申請人に対する船舶先取特権不存在確認事件の本案判決確定に至るまでこれを停止する。
右船舶が本案判決確定に至るまで、仮に韓国釜山港、横浜港間の定期航路を航行することを許可する。
抗告の理由
一、相手方は本件船舶に対する船舶先取特権を請求債権として競売を申立てたのであるが、右請求債権はすでに相殺されて居り、仮に相殺されていないとしても商法第八四二条にいう船舶先取特権には該当しない。原裁判所は原決定中で、「債務者主張の債権中には先取特権があるか否か疑しいものもあるが、……」と述べ、更に「(先取特権により担保される申立債権額と同額の保証を立てることを条件に申請を認容することはできるが、それは本件申請の趣旨にそわないことであり、また、前記(二)の点の詳細を明らかにし、被担保債権額を減額認定することはなお相当期間の審理を要し緊急に判断を求められている本件でこれを行なうことは出来ないのである)。」と述べている。
二、しかし、任意競売手続開始決定に際し、本件船舶の川崎港碇泊、執行官の監守保存の命令が出された場合、当該船舶を再び運行せしめるには右碇泊、監守保存命令を取消さねばならず、その為には民事訴訟法第七六〇条に基く本件船舶運行の仮処分決定を得る以外に法律的に方法はない。
それにもかかわらず、原裁判所は、なお相当期間の審理を要し緊急に判断を求められている本件では、これを行なうことは出来ないとして、これを却下しているが、これは抗告人が本件船舶運行仮処分の申立を為した趣旨を正当に理解しない誤りを犯しているものである。
抗告人は本件船舶運行仮処分の申立においては相当なる保証金を立てることを条件に運行許可決定を得ることを唯一の目的としているものである。
よつて抗告する。
物件目録
機船 ダイヤン(大永)
総屯数 二三三六トン五六
純屯数 一三〇七トン四八
碇泊港 神奈川県川崎港
船種船質 銅船(貨物船)
航路 不定期
(別紙二)抗告の理由追加書<略>